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第62回 (4月号)
『アンブレラ・マン』The Umbrella Man
by 柴田耕太郎
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 文法力をつけたいが、無味乾燥な文法書など読みたくない。
 そんな読者のために、人気小説の翻訳書にみる誤訳をとりあげ、文法面から解説してゆく。題材は最近映画化された『チョコレート工場』の原作者で、日本がロケ地になった映画「007は二度死ぬ」の脚本家でもあるロアルド・ダール(Roald Dahl)の短編集『あなたに似た人』(SOMEONE LIKE YOU)。俎上に乗せる邦訳は田口俊樹訳『アンブレラマン』(早川書房、短編集『王女マメーリア』所載)。

 この作品集の一編『アンブレラ・マン』(原題THE UMBRELLA MAN)は、ペーパーバックで6ページの短編。
 訳文を読んで気になった箇所にまず印をつけ、あとから点検してみた。
(疑)は、個人の好みによるところもあろうが、気になる表現の箇所((1)(2)(3)…で示す)。
(悪)は、読みにくい、誤読しそう、コロケーションが悪い、などの箇所(アイウ…で示す)。
(誤)は、文法上、語法上の瑕疵((I)(II)(III)で示す)。
(評) は、私のコメント。
[A]が田口訳。[B]は参考として示す、一般翻訳志望者の訳文。
*下線は問題個所([B]については、その箇所を指摘するにとどめた)
*本回は、以前別のメールマガジンに掲載したものの再録である。「誤訳に学ぶ英文法、正・続」でThe COLLECTED SHORT STORIES of Roald Dahl(Penguin)所載の全作品を扱う(これまでに約30編を取り上げた。あと残り約20編)つもりなので、改めてここに記す。

『アンブレラ・マン』The Umbrella Man
(p33)
[A] きのうの夕方、(1)わたしとわたしのママに起こったおかしなことを話そうと思います。わたしは十二歳の女の子。ママは三十四歳。でも、わたし、背はママともうほとんど(2)変わらないんだから
[B] わたしとお母さんがきのうの晩に体験したおもしろい話をしたいと思います。わたしは十二歳で、お母さんは三十四歳。でも、背の高さはもうほとんど一緒です。
I’M GOING TO TELL YOU about a funny thing that happened to my mother and me yesterday evening. I am twelve years old and I’m a girl. My mother is thirty-four but I am nearly as tall as her already.
(評)
(疑)(1)「わたしのママ」では他の子のママと比べるのかな、と余計なことを読者に予測させてしまう。「起こったおかしなこと」は舌足らず。happen の、「身に降りかかる」という意味を出してほしい。
(疑)(2)「…なんだから」の強調が生きていない。「それで、どうなの」と問いかけたくなる。また、女の子のこの甘えた言葉遣いが、あとになるにつれて、大人の口調に変わっており、統一感がない。

[A] きのうの午後、わたしはママに連れられて、歯医者さんに(3)
診てもらうためにロンドンまで行きました。(4)歯医者さんは虫歯を見つけてくれて、それは奥歯だったんだけど、あまり痛くしないで詰めてくれました。
[B] 昨日の午後、わたしはお母さんに連れられてロンドンの歯医者に行きました。歯医者さんは奥歯の虫歯の穴をあまり痛くしないようにうめてくれました。
Yesterday afternoon, my mother took me up to London to see the dentist. He found one hole. It was in a back tooth and he filled it without hurting me too much.
(評)
(疑)(3)「診てもらうために」:子どものことばにしては、まどろっこしい。「診てもらいに」
(疑)(4)挿入がわざとらしいし、「見つけてくれて」がまどろっこしい。「…見つけて、」
(p34)
[A]「カフェに戻って雨がやむのを待たない?」とわたしは言いました。(5)実はババナ・スプリットをもうひとつ食べたかったんです。(5)それはすごくデラックスだったんです。
[B] 「カフェに戻って雨がやむのを待とうよ。」もう一つババナスプリットを食べたかったのでそう言ってみました。とてもおいしかったのです。
‘Why don’t we go back into the caf? and wait for it to stop?’ I said. I wanted another of those banana splits. They were gorgeous.
(評)
(疑)(5)「実は」「それは」がうるさい。なくてもよいのではないか。「デラックス」は、表現が古い。

[A]…。見事な白い髭とふさふさした白い眉毛、(6)皺だらけの頬はピンク色をしていました。そして傘を高々とさしていました。
[B]…。立派な白いヒゲにふさふさの白い眉毛、しわしわのほっぺはバラ色でした。傘を高々とさし、雨から身を守っていました。
‘He had a fine white moustache and bushy white eyebrows and a wrinkly pink face. He was sheltering under an umbrella which he held high over his head.
(評)
(疑)(6)「ピンク色」が何を象徴するのかわからず。「血色がいいのか」「酒を飲んでいるのか」「ほんとにピンクのほほ」なのか。
例:
Her cheers are pink with health.(彼の顔は健康なピンク色だ) 
Go pink with the anger.(怒って赤くなる)。ここ、解釈を出すべきだろう。

[A]「はあ?」と、ママは(ア)よそよそしい素振りで冷ややかに言いました。
[B]「はい?」お母さんはとても冷たく、つきはなすように言いました。 ‘
Yes?’ my mother said, very cool and distant.
(評)
(悪)(ア) 英語は同じ意味の言葉を重ねてリズムを出すのが好き。cooldistantは、同義語反復「よそよそしい」。
例:
a dangerous and destructive creature / History proves that dictatorship do not grow out of strong and successful governments, but out of weak and helpless ones.
「よそよそしい素振り」というと、「知り合いなのに、そうでないフリをする」という意味になってしまう。「いかにもよそよそし気に」ぐらいでどうか。

[A] ママは男の人を疑り深そうな眼で見つめました。疑り深い人なんです、ママというのは。特にふたつのこと---見知らぬ男の人とゆで卵に関しては。(
I)ゆで卵の殻を割ってから、ママは卵の殻の内側をスプーンでこねくりまわすんです。まるで鼠やなんかが中にいやしないかと思ってるみたいに。
[B] おじいさんのことを怪しんでいるようでした。何でも疑ってかかる、うちのお母さんはそういうひとなんです。怪しげな男のひととゆで卵についてはとくにそうなんです。ゆで卵の殻を割ると、まるでネズミか何かがいるかのように中をスプーンでさらうんです。
I saw my mother looking at him suspiciously. She is a suspicious person, my mother. She is especially suspicious of two things---strange men and boiled eggs. When she cuts the top off a boiled egg, she pokes around inside it with her spoon as though expecting to find a mouse or something.
(評)
(誤) (I)cut 部分 off 全体、で「全体から部分を切り離す」。「ゆで卵の上のところを切ってから、ネズミか何かがいるみたいに、内側をスプーンでかき回すんです。」
(p35)
[A] (7)ママはあごを上げ、鼻の長さをいっぱいにとって老人を見下ろしました。それは(イ)怖ろしい代物なんです、(8)ママの冷ややかな鼻越しのひとにらみというのは。たいていの人はこれで完全に参っちゃうんです。わたしの行っている学校の女の校長先生も、このママのすさまじい一撃で、(ウ)しどろもどろになり、ばかみたいにへらへら笑わせられたのを、まえにみたことがあるんです。
[B] お母さんはあごをつきだし、おじいさんのことを見下ろしました。冷ややかに見下ろすお母さんの目はとっても怖いのです。その目を向けられるとたいていの人はしどろもどろになってしまいます。お母さんにキッと見下ろされた校長先生がばかみたいに笑みを浮かべ口ごもるのを見たことがあります。
My mother’s chin was up and she was staring down at him along the full length of her nose. It was a fearsome thing, this frosty-nosed stare of my mother’s. Most people go to pieces completely when she gives it to them. I once saw my own headmistress begin to stammer and simper like an idiot when my mother gave her a really foul frosty-noser.
(評)
(疑)(7)他の箇所の訳が流れていれば、工夫した表現と思えるかもしれない。だが、全体がこの程度の訳文レベルでは、ここ苦労して考えたんだね、でも浮いてるね、と言いたくなってしまう。
(悪)(イ)言葉の誤用。代物を、抽象的なものに用いるのは無理。
(疑)(8) (7)と同じ感想。
(悪)(ウ)これも同義語反復。また、A and B+M(修飾要素)の場合、一般的にM はA とB の両方に掛かると見るのがふつう。この訳者の場合、反復される同義語をことさら違う意味に訳し分けようと無意味な努力をしているように感じられる。
(p36)
[A]小さな老人は、傘を一方の手からもう一方へ持ちかえて言いました。「(9)あんなものを忘れるなんて、今までに一度もなかったことなんです」 「何を忘れるですって?」ママは問いつめるように言いました。
[B]おじいさんは一方の手からもう一方へ傘を動かしました。「一度も忘れたことがないのですよ。」 「何を忘れたことがないですって?」お母さんはぴしゃりと言いました。
The little man shifted his umbrella from one hand to the other. ‘I’ve never forgotten it before,’ he said.
‘You’ve never forgotten what?’ my mother asked sternly.
(評)
(疑)(9)「あんなもの」が立ちすぎる。除いたほうがよい。
(p37)
[A]ママは下唇を噛みながら考えている様子でした。でも、(10)少しぐらついてきているのがわたしにもわかりました。(11)傘を手に入れるという考えに強く誘惑されたのにちがいありません。
[B]お母さんは下唇をかんで考えを巡らせていました。少しだけ信じる気になったようで、傘をさして帰るという考えにだいぶぐらついているようでした。
My mother stood there chewing her lower lip. She was beginning to melt a bit, I could see that. And the idea of getting an umbrella to shelter under must have tempted her a good deal.
(評)
(疑)(10)melt a bitは、「少し気持ちが和らぐ」。「ぐらつく」では「動揺する」ととられてしまう。
(疑)(11)直訳的。語り手は子どもなのだ。最初の「…ほとんどかわらないんだから」の、子どもを強調した語り口と不釣合い。
(p38)
[A]…。(12)それでわたしは、(13)わたし自身の冷ややかな鼻越しのひとにらみを、ママに対して向けました。(12)それでママにも、わたしの言いたいことがわかったようでした。聞いて、ママ、とわたしは眼で訴えたのです。こんな風に疲れた老人の(14)弱身につけこむのはよくないことよ。やってはいけないことよ。
[B]…。だからわたしはあごをつんと上げてとっても冷ややかにお母さんを見ました。ねえ、お母さん、こんな風に困っているおじいさんの弱みにつけもむのはよくないよ。そんなことやっちゃだめ。お母さんもわたしの言いたいことがわかったようでした。
I was giving her one of my own frost-nosed looks this time and she knew exactly what I was telling her. Now listen, mummy, I was telling her, you simply mustn’t take advantage of a tired old man in this way. It’s a rotten thing to do.
(評)
(疑)(12)「それで」が続いてうるさい。
(疑)(13)これも?に同じ。
(疑)(14)誤字。「弱味」

[A] ママは(エ)横顔でわたしに勝ち誇ったような顔をしてみせました。
[B] お母さんは勝ち誇ったようにちらりと見てきました。
My mother gave me a triumphant sideways look.
(評)
(悪)(エ)どんな顔か想像できないのだが…。
(p39)
[A]「彼が詐欺師でないことを確かめたかったのよ。でも、これでわかったわ。あの人は紳士よ。あの人の手助けができてほんとにママは喜んでるわ」 「(15)そうでしょうね
[B]「うそつきじゃないか確かめるためよ。確かめたとおり、あの人は紳士だったでしょう。人助けができてよかったわ。」 「そうね、お母さん。」
‘I wanted to satisfy myself he wasn’t a trickster, she said. ‘And I did. He was a gentleman. I’m very pleased I was able to help him.’
Yes, mummy,’ I said.
(評)
(疑)(15)あいづちが、弱いのでは。

[A]「あそこよ。通りを渡ってる。まあ、ママ、見て。あの人、走ってるわ」
 わたしとママは(
II)人混みのなかに見え隠れする老人を眼で追いました。通りの向こう側に行き着くと彼は左に曲がり、かなりの速足で歩きだしました。
[B]「あそこ。通りを渡ってる。みてよ、お母さん。あのおじいさんすごく足がはやい。」  おじいさんがうまく身をかわして人ごみをぬける様子を二人でみていました。通りの向かい側につくと左に曲がって足早に歩いていきました。
‘Over there. He’s crossing the street. Goodness, mummy, what a hurry he’s in.’ We watched the little man as he dodged nimbly in and out of the traffic. When he reached the other side of the street, he turned left, walking very fast.
(評)
(誤)(II)the trafficは、「往来」だから、「人」と「車両」の二つが連想されるが、前に「通りを渡ってる」とあるのだから、ここは車両交通のこと。

[A] ママは体をじっと固くして、通りの向こうの老人を見つめていました。(16)の姿はとてもはっきり見えました。(16)彼は歩道を突進していました。ほかの通行人を(17)サイドステップしてよけ、行進中の兵隊さんのように大きく手を振って。 「(18)何かをやろうとしているのよ」ママは固い表情で言いました。 「何かって?」 (オ)「知るもんですか」とママはぴしゃりと言いました。「でも、(19)確かめてやるわ。おいで」ママはわたしの腕をつかんで通りを渡りました。そしてわたしたちも左へ曲がりました。
[B] お母さんは通りの向こうのおじいさんに目を向けたまま黙って立っていました。おじいさんの姿ははっきりと見えていました。その足どりはとても速く、歩道を掛けるように進んでいきます。他の歩行者を踊るようによけ、兵隊が更新するように腕を大きくふって歩いて行きました。
「何かあるはずだわ」無表情な顔のお母さんが言いました。 「だけど何が?」 「分からないわよ。だけど、それがなんなのかつき止めにいくの。ついていらっしゃい。」
怒鳴るように言って、お母さんはわたしの手をつかみ、通りを渡って左に曲がりました。
My mother was standing very still and stiff, staring across the street at the little man. We could see him clearly. He was in a terrific hurry. He was bustling along the pavement, sidestepping the other pedestrians and swinging his arms like a soldier on the march.
He’s up to something,’ my mother said, stony-faced.
‘But what?’
I don’t know,’ my mother snapped. ‘But I’m going to find out. Come with me.’
She took my arm and we crossed the street together. Then we turned left.
(評)
(疑)(16)女の子が、老人を「彼」っていいますか。「歩道を突進」は、表現が生硬。
(疑)(17)日本語でいえることは、日本語にしたほうがよい。
(疑)(18)be up to 〜 「〜をたくらんで」
(悪)(オ) snapは「ぶっきらぼうに」。「ぴしゃり」とはだいぶ印象がちがう。相手に止めを刺すのではなく、話題を変えたいのだ。
(疑)(19)find out「見破る」といった強い言葉がほしい。
(p41)
[A]「あのドアのなかにはいったのよ!」とママは言いました。「(20)ママ、ちゃんと見たわよ!あの建物のなか!まあ、なんてこと、あそこはパブじゃないの!」
[B]「あのドアの向こうよ。ちゃんと見たわ。あの店のなか。まあ、なんてこと、飲み屋じゃないの。」
‘He went in that door!’ my mother said. ‘I saw him! Into that house! Great heavens, it’s a pub!’
(評)
(疑)(20)ママ、わよ、!。くどい。
(p42)
[A]パブのなかは、(21)人と煙草の煙でいっぱいでした。そのなかに彼がいました。すでにコートも帽子も脱いで、(22)人混みのなかからカウンターのほうへ歩いていました。そしてカウンターのところまで行くと、両手を台にのせてバーテンダーに何事か言いました。わたしは彼の唇の動きをじっとみつめました。
[B]お店の中はお客さんがひしめいていて、タバコの煙がたちこめていました。おじいさんはちょうど真ん中あたりにいました。帽子とコートを脱いだおじいさんはカウンターに向かって人ごみの中を歩いていきます。カウンターにつくと、両肘をついてバーテンダーに話しかけました。何かを注文したように唇が動きました。
The room we were looking into was full of people and cigarette smoke, and our little man was in the middle of it all. He was now without his hat and coat, and he was edging his way through the crowd towards the bar. When he reached it, he placed both hands on the bar itself and spoke to the barman. I saw his lips moving as he gave his order.
(評)
(疑)(21)日本語では「人」と「煙草の煙」は並列しにくい。また、「煙草」と「煙」の字が重なってうるさい。
(疑)(22)「人混みのなかから」と「歩いていました」は、コロケーションがよくない。
(p43)
[A]「とても高い飲みものだわね」とわたしは言いました。
「馬鹿よ!」とママは言いました。「たったひと息で飲めてしまうようなものに一ポンドも払うなんて!」
「(カ)彼には一ポンド以上の値打ちのものよ。だって二十ポンドもする絹の傘をわたしたちにくれたんだから」とわたしは言いました。
[B]「とっても高価な一杯だね。」
「あの人はどうかしているのよ。一口で飲み終わってしまうようなものに一ポンドも払うなんて。」
「おじいさんにとっては一ポンド以上の価値があるってことだよ。二十ポンドの絹の傘と引き換えにするぐらいだもん。」
‘That’s a jolly expensive drink,’ I said.
‘It’s ridiculous!’ my mummy said. ‘Fancy paying a pound for something to swallow in one go!’
It cost him more than a pound,’ I said. ‘It cost him a twenty-pound silk umbrella.’
(評)
(悪)(カ)発言者(女の子)の論理の流れが一読では読めなかった。「値打ち」(値段を付ければいくら、の感じ)の語が悪いのではないか。このcostは、元手がいくら掛かっている、のニュアンス。「価値」とすればわかるだろう。
(p44)
[A]「(23)見た、おまえ?」とママは金切り声をあげました。「(24)彼のしたことをおまえ、ちゃんと見たかい!」
[B]「ちょっと、今の見た?」お母さんが甲高い声で言いました。「あの人が何をしたか見た?」
Did you see that!’ my mother shrieked, ‘Did you see what he did!’
(評)
(疑)(23) 母子は、ロウアー・ミドル階級と推察されるが、それにしては言葉遣いが荒くはないか。
(疑)(24) (23)に同じ

[A] 彼が出てきました。しかしわたしたちの(25)ほうへは見向きもしませんでした
[B] おじいさんが出てきました。だけど、おじいさんは私たちの方をちらりとも見ませんでした。
Out he came. But he never looked in our direction.
(評)
(疑)(25)「ほうは」の間違いだろう。「ほうへは目を向けませんでした」あるいは「ほうへは目もくれませんでした」としたい。

[A]…。そして彼が新しい傘でもう一ポンドを楽々と手に入れるところを見物しました。相手は痩せた背の高い若い男の人で、帽子もコートも持っていませんでした。(キ)商談が成立するや、我らが小さな老人はそこを離れて、人混みのなかに消えていきました。でも、今度はさっきと反対方向でした。
[B]…。おじいさんは新しく手に入れた傘と一ポンドを難なく交換してしまいました。今回はコートも帽子も身につけていない、背の高いやせた男のひとが相手でした。取引はつつがなく終了し、おじいさんははずむような足どりで歩きだし、人ごみの中へ消えていきました。しかし、今度はいま来た道と反対に進んでいきました。
and we watched him as he proceeded, with no trouble at all, to exchange his new umbrella for another pound note. This time it was with a tall thin fellow who didn’t even have a coat or hat. And as soon as the transaction was completed, our little man trotted off down the street and was lost in the crowd. But this time he went in the opposite direction.
(評)
(悪)(キ) 12歳の女の子の書く文章ですか。「我らが」はourの直訳だが、「あの」「例の」といった意味。例:our Napoleon(かのナポレオン)  our man(例の奴)

[A]「なんて賢いんでしょう!」とママは言いました。同じパブへは二度と行かないようにしてるんだわ!」 「一晩じゅうでもやっていられそうね」とわたしは言いました。 「そうね」とママは言いました。「いくらだってできるわね。(
III)でも、賭けてもいいわ。あの人、雨が降ることを、それこそ(ク)気も狂わんばかりに毎日毎日祈ってるんでしょうね」
[B]「本当にずる賢い男」お母さんが言いました。「二度と同じ飲み屋には行かないのよ。」
「一晩中できそうだね。」
「そうでしょうね。でも、一つだけ確かなことがあるわよ。あの人は気も狂わんばかりに毎日雨が降るのを祈っているんでしょうね。」
‘You see how clever he is!’ my mother said. ‘He never goes to the same pub twice!’ ‘He could go on doing this all night,’ I said. ‘Yes,’ my mother said. ‘Of course. But I’ll bet he prays like mad for rainy days.’
(評)
(誤)(III)I’ll bet はイディオム。I’m sureと同じで、「…だと確信する」「きっと…」。
(悪)(ク)like madは、表の意味「気違いのように」、裏の意味「猛烈に」だが、ここは裏の意味が適当。
 どんな分野でも、 ふつうはプロとアマは歴然とした一線があるものだが、この作品、というかこのシリーズ全体、その差が見られない気がする。ちなみに参考の[B]訳は、大学を出て2年目(当時)の翻訳志望者Wさんによるもの(一切手は加えていない)。こうした若い優秀な翻訳者予備軍がでてくることは、頼もしい限り。編集者諸氏も、新人を育てる情熱と意欲を持ってほしいと願う。
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