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第7回 (4月上旬号) 『牧師のたのしみ』 その②
by 柴田耕太郎
PDFデータ
1. 2007年1月上旬号
2. 2007年1月下旬号
3. 2007年2月上旬号
4. 2007年2月下旬号
5. 2007年3月上旬号
6. 2007年3月下旬号
7. 2007年4月上旬号
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  文法力をつけたいが、無味乾燥な文法書など読みたくない。
そんな読者のために、人気小説の翻訳書にみる誤訳をとりあげ、文法面から解説してゆく。題材は最近映画化された 『チョコレート工場』の原作者で、日本がロケ地になった映画「007は二度死ぬ」の脚本家でもあるロアルド・ダール (Roald Dahl)の短編集「キス・キス」(KISS, KISS)。全11編を月二回、一年かけて点検してゆく。俎上に乗せる邦訳は開高健・訳『キス・キス』(早川書房)。
  冒頭に誤りの種別と誤訳度を示したうえ、原文と邦訳、誤訳箇所を掲げます。どう間違っているのか見当をつけてから、 解説を読んでください。パズルを解く気分で、楽しみながら英文法を学びましょう。
誤訳度: *** 致命的誤訳(原文を台無しにする)
** 欠陥的誤訳(原文の理解を損なう)
愛嬌的誤訳(誤差で許される範囲)
牧師のたのしみ
[ストーリー]
ロンドンの古物商であるボギス氏は、掘り出し物を見つけるため、いかにも公的に聞こえそうな「骨董家具保存協会会長」を名乗り、田舎の旧家を巡っている。今回はすごいカモが引っかかった。相手の持ちものは、名人チッペンデール作の衣装戸棚だ。大金持ちになり、業界での名声も得られると有頂天だったが、安く買い叩こうと「脚だけがほしいのだが…」とケチをつけたのが運のつき。車を取りに行っている間に、売主は親切心から、戸棚の躯体部分を解体してしまう…。
イディオム:***
Oh dear, Mr Boggis said, clasping his hands. There I go again. I should never have started this in the first place.
いや、私は帰ります。はじめからこんなことをするべきではなかった」

[解説]
これは、嬉しくないことが、言ったとおり、または懸念したとおりに実現してしまったときにいう紋切り型表現
「ほら見たことか」「だから言ったでしょう」「やっぱりね」「こんなことになると思ってた」など。
イディオム:***
What wouldnt a newspaperman give to get a picture of that!
新聞記者はただで、この写真をとるだろうなあ

[解説]
これはイディオム「…を手に入れるためには(人は)どんなことでもしたい」
意訳 「新聞記者はさぞかしこの写真をとりたがるだろうな」
今回は誤訳が少ないので、表現で検討したい部分をいくつかとりあげます。
表現:
◆コロケーション
Just the right amount for a leisurely afternoons work.
悠長な午後の仕事にはちょうどいい数だ。

[解説]
「悠長な午後」または「悠長な仕事」(「悠長な仕事振り」ならよい)とはいわない。「悠長」ときたら「に構える」とか、「なことを言う」といったコロケーションになる。
元訳を生かすなら
「ゆったりした」
語順を並べ替えるなら
「午後ゆったりと仕事をするには」
◆誤用
He could become grave and charming for the aged, obsequious for the rich, sober for the godly, masterful for the weak, mischievous for the widow, arch and saucy for the spinster.
老人には勿体らしく気に入られるように、金持にはさからわずに追従し、信心深い者には落ち着きはらい、弱い者には横柄に、未亡人には胸にいちもつありげに、オールドミスにはずるく、厚かましくといった具合になれる男なのだ。

[解説]
「勿体らしい」は「重々しげに見える」という形容詞。「勿体らしく」は副詞になるが、「気に入られる」とはつながらない(勿体らしく振舞う、というように使う)。
語順を変えて
「老人には気に入られるように重々しく」としてはどうか。
◆表現が大げさ
The idea behind Mr Boggss little secret was a simple one, and it had come to him as a result of something that had happened on a certain Sunday afternoon nearly nine years before, while he was driving in the country.
ボギス氏のささやかな秘密の鍵は簡単なものだった。九年ほど前のある日曜日の午後、田舎をドライヴしていたときに、たまたまあったある事件の結果、思いついたのだった。

[解説]
「ある事件」とは、このあと出てくるのだが、車のラジエターがこわれ、水をもらいに立ち寄った旧家で珍品家具をたまたま眼にしたこと。
「たまたまのめぐり合わせから」
◆意味のズレ
Each of these squares covered an actual area of five miles by five, which was about as much territory, he estimated, as he could cope with on a single Sunday, were he to comb it thoroughly.
それらの正方形はそれぞれ、実際には、五平方マイルの面積にあてはまり、彼の計算では、日曜日一日でくまなく歩きまわれるくらいの地域だったから、徹底的に探して歩くことも可能だった。

[解説]
「その面積にはめ込まれる」と読めてしまうが、「面積相当」ということ。
「五平方マイルほどの面積であり」
◆並列が不自然
It was the comparatively isolated places, the large farmhouses and the rather dilapidated country mansions, that he was looking for;
比較的に人里離れた地方や、大きな農家、かなり荒れ果てた田舎屋敷といったところこそ彼が求めているものだった。

[解説]
1, 2 and 3の並列。「地方」という抽象的なものと建物のように具体的なものは並列できない。するとこの
places は、farmhousesmansions と同義語の「屋敷」ととるべき。また isolated は「人里離れた」でなく「孤立した」。comparatively は「比較的」との訳がつくが、比較の対象がみられぬときは「割と」の感じになる(ここもそう)。
「ぽつんとある邸宅」
◆時制
From now on, it was all farmhouses, and the nearest was about half a mile up the road.
こんどからは、農家という農家にみんなあたってみよう。いちばん近い農家は、ほぼ半マイルも行ったところにあった。

[解説]
「こんどから」では「次回から」と読めてしまう。実はここ、中間話法になっていて、主人公の今の意志を示す心のつぶやき。
「このあとは」。ついでながら、「農家に片端から当る」のではなく、「訪ねる先は全部、農家に定めよう」ということで、この部分は訳にズレがある。
◆誤用
When the men caught sight of Mr Boggis walking forward in his black suit and parsons collar, they stopped talking and seemed suddenly to stiffen and freeze, becoming absolutely still, motionless, three faces turned towards him, watching him suspiciously as he approached.
三人の男は、黒い僧服に牧師のカラーをつけたボギス氏がやって来るのを見つけると、話を止めて、急によそよそしい、凍りついたような表情になり、身じろぎもせず、一様にボギス氏に顔をむけて、近づいてくる彼を胡散な眼で見た。

[解説]
「胡乱な眼」の間違い。
◆正確さ
Oh dear me, no. Its just my heart. Im so sorry. It happens every now and then....
「とんでもないことです。私の心臓ですよ。どうも申し訳ありません。ときどきかかる病気でしてな。…」

[解説]
「心臓病にときどきかかる」と読めてしまう。会話ではこうしたカジュアルな表現をすることもあるが、書き物としては正確な表現を心がけたい。持病の発作がときどき起こるのだと、わかるように訳さねばならない。
「ときどき、こうなるんです」
◆カタカナ語
He knew their history backwards---that the first was discovered in 1920, in a house at Moreton in Marsh, and was sold at Sothebys the same year;
彼は三つの家具の、その後の歴史についても知っていた---最初のものは、モアトン・オン・ザ・マーシュのある家で、一九二〇年に発見されて、同じ年に、サズビィの競売で売りに出された。

[解説]
定訳で
「サザビーズ」。また、 their history backwards を「その後の歴史」では、方向が逆になる。「さかのぼった歴史」
◆意味不明
The serpentine front was magnificently ornamented along the top and sides and bottom, and also vertically between each set of drawers, with intricate carvings of festoons and scrolls and clusters.
箪笥のねじれたようなフロントは、上下左右、抽斗のあいだの垂直のあきと、花づなや渦巻や花の房の精緻な彫刻で、目もあやな装飾が施してある。

[解説]
「垂直のあき」とはどこに対する訳語だろう?ここ原文もあいまいだと思う。以下、私の解釈。
and が前置詞句 along 〜と between−を並列させている。with 以下は、直前にカンマがあること、〜と−の両方に掛けて不自然でないこと、から両方に掛かるとするのがよいだろう。between の前に動詞(過去分詞)がないのは嬉しくないが、前と同じ ornamented が省略されたととる。

直訳 「花綱装飾と渦巻装飾と総房装飾の複雑な彫刻でもって、曲線を描く前面は、天辺・各面・底部に沿って素晴らしく飾られ、かつまた引出し相互の間は垂直に飾られていた」
意訳 「優美な曲線を描く前面には上下脇に渡って美しい装飾が、そしてまた引出しと引出しの間には縦飾りが施されていた。花綱、渦巻、総房などの文様が浮き出ていた」
◆語義選択
Ive got a rather curious table in my own little home, one of those low things that people put in front of the sofa, sort of a coffee-table, and last Michaelmas, when I moved houses, the foolish movers damaged the legs in the most shocking way....
私の家にはたいへん不思議なテーブルがありましてね、ソファの前に置いたりする、高さの低いやつで、コーヒー・テーブルみたいなものですが、去年のミカエル祭に引越しをしました時、頓馬な運送屋がテーブルの脚をすっかりめちゃくちゃにしてしまった。

[解説]
「不思議」と
curious はちょっとズレる。curious
(1)それについて強く知りたいという興味を人に起こさせる
(2)尋常でなく一風変わった、

のうち、ここでは(2)。rather の幅は広い(「とても」「かなり」「わりと」などの訳語がつくが、思いのほか、とか、強いて言えば、といった気分がこもっている)。大げさに聞こえぬような訳をつけるのがよい。
「ちょっと面白い」

◆俗表現
Take a look at that. Notice the exact evenness of the spiral? See it?...
「これを見なさい。螺線がぜんぜん一様なことに気がつきましたか?

[解説]
俗な表現では「ぜんぜん」が「とても」の意味で使われるが、小説のなかの会話としては、正しい言葉遣いをさせたい(牧師のふりをしているボギス氏は多少のインテリなのだろうし)。
「きちっと均一」
◆誤用
In ten minutes its worth fifteen or twenty thousand! The Boggis Commode! In ten minutes itll be loaded into your car---itll go in easy---and youll be driving back to London and singing all the way!
そうしたら、お前は途中のべつに歌を歌って、ロンドンにお帰りあそばすわけだ!

[解説]
「のべつ歌を歌う」とはいっても、「のべつに歌を歌う」とはいわないだろう。
「途中のべつ歌をうたって」
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