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第4回 (2月下旬号) 『ウィリアムとメアリイ』 その②
by 柴田耕太郎
PDFデータ
1. 2007年1月上旬号
2. 2007年1月下旬号
3. 2007年2月上旬号
4. 2007年2月下旬号
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  文法力をつけたいが、無味乾燥な文法書など読みたくない。
そんな読者のために、人気小説の翻訳書にみる誤訳をとりあげ、文法面から解説してゆく。題材は最近映画化された 『チョコレート工場』の原作者で、日本がロケ地になった映画「007は二度死ぬ」の脚本家でもあるロアルド・ダール (Roald Dahl)の短編集「キス・キス」(KISS, KISS)。全11編を月二回、一年かけて点検してゆく。俎上に乗せる邦訳は開高健・訳『キス・キス』(早川書房)。
  冒頭に誤りの種別と誤訳度を示したうえ、原文と邦訳、誤訳箇所を掲げます。どう間違っているのか見当をつけてから、 解説を読んでください。パズルを解く気分で、楽しみながら英文法を学びましょう。
誤訳度: *** 致命的誤訳(原文を台無しにする)
** 欠陥的誤訳(原文の理解を損なう)
愛嬌的誤訳(誤差で許される範囲)
ウィリアムとメアリイ [William and Mary]
[ストーリー]
ウィリアムはオックスフォードの哲学教授。癌に侵され、余命いくばくもなくなったとき、医師のランディに、脳だけを生かす実験に協力するよう頼まれる。これを受け入れる苦衷の決断をして死んでいったウィリアム。遺書で事の次第を読んだ妻のメアリイは、ランディ医師の病院に赴く。そこで彼女が見たものは…。
否定**
For one thing, you'd certainly lose consciousness when you died, and I very much doubt whether you would come to again for quite a long time...if indeed you came to at all.

「まず第一に、きみは死ねば、ぜったいに意識を失う。それに、長い時間がたったあとでも、果たしてきみが意識を回復するかどうか…回復すればの話だがね…もはなはだ疑わしい。

[解説]
訳文からは「長い時間がたっても、意識は回復しない」と読める(それに「回復すればの話」と挿入があるのは矛盾)が、原文が言っているのは(回復するにしても)「長時間のあいだ、意識は回復しない」ということ。come to は「正気づく」。
直訳 「よしんば元通りになるとしたって、長いこと、元通りになるものかどうか、はなはだ疑わしい」
意訳 「ともかくも意識が戻るにしたところで、長いこと意識は回復しないのではないかと思う」
形容詞
'Like hell, you wouldn't, ' I said.
'You'd be out cold, I promise you that, William.


「まさかそんな」と私はいった。 「いや、きみは完全に冷たくなっているんだ、ほんとだよ、ウィリアム。…」

[解説]
この cold は形容詞「死んだ」。out は副詞「すっかり」
「完全に死んでいるんだ」
間投詞
'You know, ' he went on, 'it's extraordinary what sometimes happens...'

わかってるだろうが」と彼は話をつづけた。「ときによっては、とんでもないことが起こる。…」

[解説]
You knowは、相手に同意を求めたり、念を押したりする、いわば間投詞として使われることが多い。その場合、重い訳語をつけぬこと。
「あのね」「いいかい」
比較***
'Well, Wertheimer has constructed an apparatus somewhat similar to the encephalograph, though far more sensitive, and he maintains that within certain narrow limits it can help him to interpret the actual things that a brain is thinking....

「とにかく、ワァーゼイマーは脳波電位記録器にいくらか似た器械をつくりあげた。もっとも記録器のほうははるかに敏感だがね。そして、その男は狭い範囲内のことなら、脳髄が実際に考えていることがらの解釈に役立つようにつくっている。…」

[解説]
下線部の省略を復元すると、 
, though the apparatus is far more sensitive than the encephalograph,
「似たといってもはるかに感度はよいものだがね」
名詞
Another thing that bothered me was the feeling of helplessness that I was bound to experience once Landy had got me into the basin.

もうひとつのことは、ランディが私を容器に入れたときに、かならず味わうはずの絶望感だった。

[解説]
helpless は「自分の力ではどうしようもないこと」。「絶望感」でも間違いではないが「無力感」のほうがよいだろう。
間投詞**
..., and a few minutes later, I might easily get the feeling that my poor bladder... you know me...was so full that if I didn't get to emptying it soon it would burst.

それから二、三分たって、私の膀胱…お前は知っているだろうが…いっぱいになりすぎて、もし膀胱をからっぽにしなければ、爆発してしまいそうだといった感じをかんたんに持つかもしれない。

[解説]
これも、そんなに重い意味ではない。はしたないことを言及するので、緩衝的に入れたあまり意味のない言葉。
「いいかい」「そうだ」「うん」など
助動詞***
But really! You would think a widow was entitled to a bit of peace after all these years.

でも、まったくだわ!未亡人ならば、いままで送ってきた生活のあとで、ささやかな平和をたのしむ資格があると、あなたは考える

[解説]
夫からの細かい戒めが列挙された追伸を読んで、うんざりした気持ちになった描写のあとに続くことば。中間話法になっているが、直接話法なら 'But really! You will think a widow is entitled to a bit of peace after all these years.' となるところ。 亡き夫に対し、自由の身になった妻の気持ちをぶつけたもの。 この would は、義務をあらわす will が、中間話法のため would になったもの。この really は、驚き・失望・不承知などを示す間投詞的な使われかた「まったく、もう!」。but は、発話に勢いをつけるもので、意味はない。 ちなみに will は大きく分けて次のような役割がある。文脈依拠の場合が多く、またどちらともとれそうなこともある。
(1) 確定的未来: I will be twenty tomorrow.(明日、二十歳になります)…客観的事実
(2) 確信的未来: He will come tomorrow.(彼は明日来ますよ)…主観的確信
(3) 意志未来: I will study hard.(これからまじめに勉強しよう)
(4) 義務: You will leave tomorrow.(明日出発しなさい)
(5) 現在の推測: He will be upstairs.(彼は上にいるはずだ)
(6) 現在の習慣: Boys will be boys. (男の子は男の子《やんちゃで当然》)
「考えなさいよ」→「思ってみてほしいものだわ」
イディオム
You know what, she told herself, looking behind the eye now and staring hard at the great grey pulpy walnut that lay so placidly under the water, ...

なんだかわかる気がするわ、と彼女はひとりごちながら、水の中にじっとしている、大きな灰色のどろんとしたくるみをいっしょうけんめいに見た

[解説]
you know whatは、発話で相手の注意を引くために発する間投詞的なもの。ふつう「いいですか」「あのね」といった具合だが、ここは…以下のセリフを導くもの。 tell oneselfは「自分に言い聞かせる」。ひとりごつ、はtalk to oneself。心の中で考える、はsay to oneself。考えごとを口に出す、はthink aloud。 前の下線部を削除し、あとの下線部を次のように変える。
「見て、彼女は思った。そうね、…」
イディオム***
..., I'm not at all sure that I don't prefer him as he is at present. In fact, I believe that I could live very comfortably with this kind of a William. I could cope with this one.
現在の彼のほうが好きかどうか、ちっともわからない。じつをいうと、こんなウィリアムとなら、たいへんたのしく暮してゆけると思う。このウィリアムになら勝てるわ。
[解説]
not at all は「全く…でない」。be sure that 〜 は「〜を確信して」。
〜内が否定になっているので、全文は否定の否定→強い肯定になる「全然好まなくない」→「とても好む」。
asは関係代名詞でwhoの役割(非標準:本来なら such he same as となるところ)「彼が現在の在り様で存在するところの彼自身」→「今の彼」。in fact は前後のつながりで
(1)「実際に」(前文を肯定強調)
(2)「実際は」(前文を否定強調)
(3)「それも」(前文を肯定補強)
(4)「それどころか」(前文を否定補強)
などの訳語が与えられる。ここは(4)(いやでないどころか…)。
a William と不定冠詞がついているのは、William のひとつの面・姿をいっているから。
cope with は「勝てる」でなく「対処する」。折り合いをつけて暮らしてゆける、と言っているのだ。
「今の彼はちっとも嫌じゃない。それどころか気持ちよく一緒に暮らせると思う。このウィリアムとならやってゆける」
形容詞**
'Isn't he sweet?' she cried, looking up at Landy with big bright eyes.
'Isn't he heaven? I just can't wait to get him home.'

「かわいいじゃありません?」彼女は、大きな輝く眼でランディを見上げながら、そう叫んだ。「かわいらしいでしょう?あたくし、家へ連れて帰りたくてしょうがありませんわ」

[解説]
heaven が、「すばらしい」とか「しあわせ」といった意味で形容詞として使われている反語( he は、脳髄と目玉だけになっている夫)。この台詞で小説が終るので、オチになるようなことばが欲しい。
意訳 「あの人って、素敵」
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