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第12回 (10月下旬号) 『ああ、甘美なる生命の神秘よ』②
by 柴田耕太郎
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 文法力をつけたいが、無味乾燥な文法書など読みたくない。
 そんな読者のために、人気小説の翻訳書に見る誤訳・悪訳をとりあげ、文法面から解説してゆく。題材は最近映画化された『チョコレート工場』の原作者で、日本がロケ地になった映画『007は二度死ぬ』の脚本家でもあるロアルド・ダール(Roald Dahl)の短編から任意に選ぶ。いずれも原文で10ページに満たない短いものだから、読者も自分で訳してみて、この解説を参考に、市販訳との優劣を競ってみてはいかがだろうか。
 冒頭に誤りの種別と誤訳度(または悪訳度)を示したうえ、原文と邦訳、誤訳箇所を掲げます。どう間違っているのか見当をつけてから、解説を読んでください。パズルを解く気分で、楽しみながら英文法を学びましょう。
 今回取り上げるのは、原書THE COLLECTED SHORT STORIES of Roald Dahl(Penguin)に所収のAh, Sweet Mystery of Life『ああ、甘美なる生命の神秘よ』。これは邦訳が出ていないようなので、優秀な翻訳志望者Wさんの訳文をたたき台とする。
誤訳度: *** 致命的誤訳(原文を台無しにする)
** 欠陥的誤訳(原文の理解を損なう)
愛嬌的誤訳(誤差で許される範囲)

悪訳度: *** 致命的悪訳(原文を台無しにする)
** 欠陥的悪訳(原文の理解を損なう)
愛嬌的悪訳(誤差で許される範囲)
ああ、甘美なる生命の神秘よ
[ストーリー]
 ウチの雌牛に種付けするために、俺はルミンズさんちへ向かった。俺が乳搾り用の雌牛を欲しがっているのを知ったルミンズさんは、太陽に牛の顔を向け、交尾を指導した。これで、百発百中、生まれるのは雌だという。半信半疑の俺に、ルミンズさんは、この20年ほぼ百パーセントの確率で雌牛を生産し続けてきた自分の出産ノートをみせてくれた。感心する俺に、ルミンズさんは、単純にして深遠な、精子と卵子の秘密を明かしてくれた。

 この何年か、本コラムにてロアルド・ダールの短編の諸翻訳家による訳文を検討してきたが、どれも満足できる出来とはいいかねる。どの業界でもプロとアマの差は歴然としてあるはずだが、翻訳業界はどうなのか。若い翻訳志望者Wさんの訳文を検討する。
 今先回は初めと終わりの部分につき、原文とWさんの訳文を掲げたが、今回はその訳文の誤訳部分に  、悪訳部分に  のしるしをつけ、コメントしてゆく。
(初めの部分、原文)
     My COW STARTED bulling at dawn and (1)the noise can drive you crazy if the cowshed is right under your window. So I got (2)dressed early and phoned Claud at the filling-station to ask if he’d give me a hand to lead her down the steep hill and across the road over to Rummins’s farm to have her serviced by Rummins’s famous bull.
     Claud arrive five minutes later and we tied a rope around the cow’s neck and set off down the lane on this cool September morning. There were high hedges on either side of the lane and the hazel bushes had clusters of big ripe nuts all over them.
     ‘You ever seen Rummins do a mating?’ Claud asked me.
     I told him I had never seen anyone do an official mating between a bull and a cow.
     ‘Rummins does it special,’ Claud said.
There’s nobody in the world does a mating the way Rummins does it.’
     ‘What’s so special about it?’
     
(3)‘You got a treat coming to you,’ Claud said.
     
(3)‘So has the cow,’ I said.
     ‘If the rest of the world knew about what Rummins does at a mating,’ Claud said, ‘he’d be world famous. It would change the whole science of dairy-farming all over the world.’
     ‘Why doesn’t he tell them then?’ I asked.
     ‘I doubt he’s ever even thought about it,’ Claud said. ‘Rummins isn’t one to bother his head about things like that. He’s got the best dairy-herd for miles around and that’s all he cares about. He doesn’t want the newspapers swarming all over his place asking questions, which is exactly what would happen if it ever got out.’
     ‘Why don’t you tell me about it,’ I said.
     We walked on in silence for a while, the cow pulling ahead.
     ‘I’m surprised Rummins said yes to lending you his bull,’ Claud said.
     ‘I’ve never known him do that before.’
     At the bottom of the lane we
(4)crossed the Aylesbury road and climbed up the hill on the other side of the valley towards the farm.
(5)The cow knew there was a bull up there somewhere and she was pulling harder than ever on the rope. We had to trot to keep up with her.

 夜明け頃、盛りのついた雌牛が騒ぎだした。(1)窓のすぐそばに牛舎が建っていたら、誰だってうんざりするほどのうるささだった。だから私は(2)朝早くから着替えをし、クロードの手を借りようとガソリンスタンドに電話をかけた。急勾配の丘を通り、道の向こう側にあるルミンズの牧場に雌牛を連れて行く手伝いを頼むのだ。そこで評判の雄牛に種を仕込んでもらう手はずになっている。
 五分後クロードがやってきた。二人で雌牛の首にロープをかけ、九月の爽やかな朝の小道を下っていった。道の両側には背の高い生垣がつづき、ハシバミには身のつまった木の実がぎっしりとなっていた。
 「ルミンズが牛を交尾させているのを見たことがあるか」クロードが聞いてきた。
 ルミンズであろうと誰であろうと、牛をきちんと交尾させるのを見るのは初めてだと答えた。
 「ルミンズのやり方は特別だ」クロードが言った。「世界中探したって、ルミンズのようにできるやつはいないさ」
 「何がそんなにすごいんだ」
 (3)「とにかく首尾よく行くから大丈夫」
 (3)「雌牛も満足してくれるといいんだが」
 「世間がルミンズの交配の仕方を知ったら、彼は一躍有名人になるぞ。酪農のすべてが変わる」
 「なんでルミンズはみんなに話さないんだ?」
 「そんなの考えたこともないんじゃないか。ルミンズはそういったことで頭を悩ますやつじゃないからな。あいつはここら辺一帯で一番の酪農家だ。頭の中は酪農のことでいっぱいなのさ。新聞記者に牧場をうろつかれて質問されるのが嫌なんだろ。この話が広まったら、騒ぎになることは目に見えている」
 「ルミンズはどんなことをするんだ?教えてくれ」
二人は牛に引っ張られながら、しばらくの間無言で歩きつづけた。
 「ルミンズが雄牛を使わせてくれると言ったときは、俺だってびっくりした。そんなことは一度もなかったんだ」クロードが言った。
 小道を下りきったところで(4)エイルズベリ通りを渡り、今度は牧場に向かって丘を登り始めた。(5)   さっきよりもロープを引く雄牛の力が強くなった。ついていくには、小走りにならなければならなかった。
[コメント]
(1)悪訳:**
「牛舎が建っているのか、いないのか」が不明。原文は if 節内の動詞が現在形、帰結節内の動詞が現在形で、仮定法でなく単なる仮定。それが分かるよう訳すのが、読者に対する親切というもの(読み返しが必要だったり、複数の意味にとれたり、曖昧だったりしてはいけない)。crazy は「うんざり」では弱すぎる。
修正訳 牛舎が部屋の側にでもあったら、きっと頭がおかしくなるすさまじさだ。
(2)誤訳:
この early は「予定より早く」の意味。「朝早く」は、early in the morning early morning

修正訳 早めに着替えて
(3)誤訳:**
got は、教養のない人達の言葉遣いで、have got と同義。ここ、「ルミンズの交尾法のどこに秘密があるんだ」と聞いた自分に、「お前にとてもいいものがやってきたよ」とクロードが思わせぶりを言ったのに対し、「ウチの雌牛だってそうさ」(雄牛と交尾できるから)と応じている。そのままでは、会話文が流れないから、意をとって訳す。
修正訳 「お楽しみはこれからだ」クロードが言った。
「ウチの牛もな」と俺は言葉を返した。
(4)悪訳:
the Aylesbury road the で限定され、(エイルズベリという)都市の名+Road (Rの大文字が固有名詞化を示す)ときたら、まず疑いなく「…街道」。だがここは r が小文字なので、「…への道」。「通り」では市街地を連想してしまう。
修正訳 「エイルズベリへとつづく道を突っ切った」
(5)悪訳:
訳抜け。ここは抜けても大事ないが、原文との付け合せは校正時にするべき。
修正訳 ウチの牛はどこか先のほうに、雄牛が待っているのを知っていた。
(終わりの部分)
     ‘So what you’re saying,’ I said, ‘is that the sun exerts a pull of some sort on the female sperm and makes them swim faster than the male sperm.’
     ‘Exactly!’ cried Rummins. ‘That’s exactly it! It exerts a pull! It drags them forward!
     That’s why they always win! And if you turn the cow round the other way, it’s pulling them backwards and the male sperm wins instead.’
     ‘It’s an interesting theory,’ I said. ‘But it hardly seems likely that the sun, which is millions of miles away, could exert a pull on a bunch of spermatozoa inside a cow.’
     ‘You’re talking rubbish! cried Rummins. ‘Absolute and utter rubbish!
(6)Don’t the moon exert a pull on the bloody tides of the ocean to make ‘em high and low? Of course it does! So why shouldn’t the sun (7)exert a pull on the female sperm?’
     ‘I see your point.’
     
(8)Suddenly Rummins seemed to have had enough. 'You’ll have a heifer calf for sure,’ he said, turning away. ‘Don’t you worry about that.'
     ‘Mr Rummins,’ I said.
     ‘What?’
     ‘Is there any reason why this shouldn’t work with humans as well?’
     ‘Of course it’ll work with humans,’ he said. ‘Just so long as you remember everything’s got to be pointed in the right direction. A cow ain’t lying down you know. It’s standing on all fours.’
     ‘I see what you mean.’
     ‘And it ain’t no good doing it at night either,’ he said, ‘because the sun is shielded behind the earth and it can’t influence anything.’
     ‘That’s true,’ I said, 'but have you any sort of proof it works with humans?’
     Rummins laid his head to one side and gave me another of his long sly, broken-toothed grins. ‘I’ve got four boys of my own, ain’t I?’ he said.
     ‘So you have.’
     ‘Ruddy girls ain’t no use to me around here,’ he said. ‘Boys is what you want on a farm and I ’ve got four of ‘em, right?’
     ‘Right,’ I said, ‘you’re absolutely right.’


 「つまり、太陽にはメスを作る精子を引き寄せ、オスを作る精子よりも早く卵子に到着できるようにする力があるということか?」
 「その通り」ルムンズが声を張って言った。「その通りだよ。太陽が引き寄せるんだ。メスを作る精子を。だからいつもオスを作る精子に勝つのさ。太陽に背を向けると、メスを作る精子が後ろへ引っ張られることになるから、それでオスを作る精子が勝つんだ」
 「おもしろい仮説だけど、何百マイルも彼方にある太陽が、雌牛の腹の中の精子を引き寄せるなんて無理じゃないか」
 「なにバカなこと言ってるんだ」ルミンズが怒鳴った。「本当に救いようのないバカだな。(6)潮の満ち干きだって月が引き寄せてるんじゃないのか。そうだろ。なのに、太陽には(7)   精子を引き寄せる力がないって言うのか?」
  「言いたいことはわかるよ」
 (8)すると、もう十分だとばかりにルミンズから急にやる気が失せた。「とにかくおまえさんの牛がメスを産むのは確かだ」そう言うとルミンズは踵を返した。「心配はいらん」
 「ミスター・ルミンズ」
 「何だ?」
 「人間にも同じことが言えるのかい?」
 「もちろん。人間でも同じさ。正しい方向を向くのを忘れなければな。ただ牛は横になったりしない。四足で立っているんだ」
 「言いたいことは分かった」
 「それに夜にやっても意味がないぞ。太陽が地球の裏側に隠れちまってるからな。いくらなんでもそれじゃ無理だよ」
 「そうだろうな。だけど人間でもうまくいくっていう証拠はあるのか?」  
 ルミンズは首をかしげ、欠けた歯をのぞかせてずる賢そうにニヤリと笑った。「俺には息子が四人いる」
 「知ってる」
 「ここでは娘がいても何の役にも立たない。牧場にはやっぱり男だよ。俺には息子が四人いる。違うか?」
 「そうだな。まったくあんたの言うとおりだよ」
[コメント]
(6)悪訳:**
「潮の満ち干きが月を引き寄せる」という日本語はおかしい。「月の引く力が強く行使されれば満ち、逆だと干く」わけだから。
修正訳 潮の満ち干きだって、月に影響されているんじゃないのか。
(7)悪訳:
訳抜け。単なる「精子」ではなく、「メスの」。
修正訳 太陽にはメスの精子を引き寄せる力がないって言うのか。
(8)誤訳:**
この have enough は(1)十分やった (2)もううんざり、のどちらだろう。 前の ‘I see your point.’ が鍵になる。「あなたの論旨はわかりました」( see the point は「要点が分かる」)→「なるほどね」。元訳では、喧嘩して気まずくなったみたいだ。enough は「十分な量」という名詞。言うべきことは言ったし、相手も半信半疑ながら一応は納得した様子なのを良しとし、さあ仕事に戻るから、この件、これにて終了といったところ。意訳が必要だろう。
修正訳 すると、さきほどの怒りは消え、急にやさしく私にこう言った。
如何だろうか。結構上手でしょ。これが20代前半の人の手になるものだと思ったら、プロの翻訳家諸氏もうかうかしていられないのではありませんか。
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